Distance 同じギルドのその人は最近やたらとプロポーズを受けている。 彼女は実はもう既婚者で、離婚が未実装な今は求婚をしても意味がないんだが、それでも求婚が後を絶たないのは、彼女が好きな男と結ばれたわけではないことを皆知っているからだ。 そしてそれ以上に何より、彼女の人柄が人を惹き付けて止まないのだ。 明るく元気でギルドのマスコットガールのような彼女だから、今までもてなかったのがおかしいくらいなんだが。 密かに彼女に好意を抱いていた俺としては面白くない。 だから俺はいつもさりげなく彼女の隣に座る。 例え他所の男が彼女に寄ってこようと、彼女の隣は俺だけの特等席だっ! 隣にいると、彼女のことがよく分かる。 だから顔が笑っていても、それは顔だけで、本当はちっとも笑っていないんだということも分かってしまうんだ。 皆の前で笑顔を形作る反面、人がいない時、彼女はよく泣いていた。 たまたま泣いているところに居合わせてしまった俺は、あたし馬鹿なの、と言って泣く彼女の姿を見てしまった。 「なんでそんなこと言うんだよ。キミはちっとも馬鹿じゃないじゃないか」 俺はなぜ彼女が自分をそんな風に貶めるのか分からなかった。思わずその独白に反論してしまったのは、純粋に頭に来たからだったけれど。好きな人を愚弄する言葉は、例え本人が言ったのだとしても認めるわけにはいかない。 「いいえ、馬鹿なのよ。 ・・・私が既婚者だっていうのは前に話したわね」 俺は頷いた。馬鹿だというのは結婚のことかと当たりをつける。 「でも、好きなヤツと結婚したんじゃないんだろ?」 彼女はその言葉に困ったような、悲しそうな顔をする。 「私は、結婚した…。自分が望んで結婚したの。そんなことをしても何も意味はないというのに、結婚せずにはおられなかったわ」 「ソイツのこと…。好き、だったのか?」 「分からない。好きだったけれど、それが恋愛の好きなのかは分からなかったわ。 ただ、彼のために私は生まれたの。 彼と一緒になることは当然のことだと思っていた」 彼女はダンサーだ。大抵ダンサーかバードには生まれたときから対となる存在であるバード、ダンサーがいると聞いたことがある。 きっと結婚した相手というのが彼女の対となる存在だったのだろう。 「でも、彼は私のことなどどうとも思っていなかった。 彼には他に好きな人がいたし、むしろ私は邪魔だったの。 それでも彼が私の存在意義だったから…。準備も費用も私が用意して結婚を迫ったわ。 彼はそれを受け入れてくれた…。 そして冬の寒い日、私たちはルティエで式を挙げた。 誰にも祝福されない結婚だったけれど、私は幸せだった」 彼女の話を聞いているとなんだかムカムカしてくるのは何でだろう。 「私は本当に馬鹿よね…。 結婚なんかで彼を繋ぎ止めることなんてできはしないというのに。 結局結婚して1時間もしない内に…いいえ、30分も経っていなかったかしら。 彼は私の前から姿を消し、二度と現れることはなかったわ」 俺はソイツがとても許せなくなった。 「それでも、それなのに・・・ッ 私はまだ彼のことを忘れられない。 だって彼は私の存在意義。彼がいないのなら私もいる必要はないの。存在しないのと一緒よ」 ブチ。 俺の中の何かが切れた。 俺は持ち前の手癖の悪さと素早さで、彼女の首からチェーンでぶら下がっている婚約指輪を盗み、それを放り投げた。 一瞬の出来事だった。 お世辞にも素早いとは言えない彼女が、自分の首元にチェーンだけ残され、指輪がなくなっていることに気付いたときには、指輪はもう崖下に落ちていた。 海に落ちるときの「ぽちゃん」というかすかな音と、「何をするのよ!」と彼女が俺の服に掴みかかってきたのはほぼ同時。 「何をしたのかって? キミを縛り付けるモノを捨ててあげたんだよ。 ここの海流は流れが速い。きっともう見つからないね」 「なんてことを…っ なんてことをしてくれたのよ?!」 「そんな、キミを残して雲隠れしたキミを愛してもいないヤツの婚約指輪なんていらないだろう」 「いるわよ!! 私と彼の唯一の繋がり、私の存在意義なのよ?!」 「存在意義? ふざけるな!!」 俺の剣幕に彼女はびくっと体を震わせた。 俺はさっきからムカムカするのがなぜなのか分かった。 彼女が「存在意義」と言うのが酷く許せないのだと。 「ソイツがいないと自分は存在しないのと一緒だ?? そんなのはまやかしだ。キミの思い込みだろう?! 現にキミはここにいるじゃないか。 キミは自分の意思でこのギルドに入り、日々を生活している。 一緒に狩りに行ったり、攻城戦したり、時には馬鹿やったり…。 キミはいつも生き生きとしているじゃないか。 そして今。俺と話しているのもキミだろ? 今ここにソイツはいない。けれど。 キミが存在しないなんてあるわけない!」 いっきに捲くし立てた俺は息切れして肩を震わせた。 彼女の方を見ると、目を見開いてなんとも言えない表情をしている。 そして、ぷつっと、まるで糸の切れた人形のように倒れこんでしまった。 「おい、しっかりしろ、おい!」 俺の呼び掛けが虚しく響いた。 「気付いたか?」 「!!」 目覚めたとき、一番最初に何を言おうか悩んでいた。 でも、結局言葉が見つからないまま、俺は…。 「ちょっと、なんでヒトの枕元に正座しているのっ」 「俺がキミにできることなんてこれくらいしかないから…。 キミが気絶するほどショックを受けるとは思わなくて。…でも、謝る気はないからな」 自分のしたことは間違いじゃないから俺は謝らない。 そんな俺をじっと見つめる彼女。 互いの視線が交錯し、しばらく沈黙が続いた。 「……ここはどこ?」 「宿。ゲフェン郊外の村の」 「そう。ちょうどいいわ。ちょっと狩りをしてから帰るわね」 「狩りだなんて、起き上がったばっかりで無理するな」 「少し…頭、冷やしたいの。先帰っててくれる?」 その声が普段とは違いあまりにも弱弱しかったので、俺は何も言えなくなった。 「分かった。早めに帰ってこいよ」 「うん…」 彼女は髪を整え、彼女にはおよそ似つかわしくない鈍色に光る愛用の弓を片手に、出て行った。 その背中は俺を拒んでいて、俺は着いていくのがためらわれて、大人しくプロンテラに帰ることにした。 その後ちゃんと彼女はプロンテラに帰ってきた。 彼女は普段と変わらないように見えた。 俺へと態度もいつもと変わらない。 しかし、あれからしばらく経つが、陰で泣いている姿は見たことがなかった。 数ヶ月後のある日。 冬もだんだん深まり、寒さもいよいよ耐え難くなってきた。 雪がちらつくこんな寒い日でも彼女は下着のように布の少ない服を着て踊っている。 彼女の踊りには見る者に元気を与えるパワーがある。 俺は彼女の踊りに元気付けられた一人だ。 まだアサシンとして未熟で任務も失敗続きで落ち込んでいた頃、元気に楽しそうに踊る彼女を見て元気が出た。 ダンサーなのに踊ることが少なくて、なかなか彼女の踊りは見られないのに、その時偶然踊っている彼女を見つけられたのは、幸運としか言い様がない。 彼女のおかげで俺はまだアサシンでいられるんだ。 そう振り返っている内に、踊り終わった彼女が俺の方へ近づいてきた。 「お疲れ」 「ありがとう。…これ、あげる」 「?」 彼女はどこにもっていたのか、可愛くラッピングされた箱を差し出してきた。 「何コレ?」 受け取るのを躊躇っている俺に彼女は、「今日バレンタインデーでしょ」と微笑んだ。 となるとコレはチョコレートなのか。 「じゃ、またね」 受け取らない理由もなかったので、俺は結局受け取ってしまった。彼女はすぐ俺から離れていった。 手にある、アサシンにはミスマッチな箱。俺はそれを持て余していた。どうしたらいいのか分からない。 とりあえず開けてみようかと、リボンを解いて、赤色の包装紙を剥ぎ取った。 中から現れた茶色い箱をパカっと開くと、中にはちょっと形の崩れたチョコレートがどでんと詰まっていた。 見るからに手作りそうなチョコだった。 端っこをちょぴっと折って口に含むと、ほろ苦さと少しの甘みが口の中に響く。 美味しい。 素材が良く、作り方もしっかりとした手順を踏んでいなければこの味は出せない。 きっと彼女は素材を自分で集め、名のあるパティシエから作り方を学び作ったのだろう。 こんな手のこんだものを俺にくれるとは…。 喜んでいいのだろうか。 「はい、チョコレート」 遠くで、彼女がギルメンの男に箱を配っている姿が見えた。 箱とはもちろん俺にあげたやつと同じ赤い包装紙のだ。 ちょっと悲しくなった。 それでもチョコは美味しくて、どんどん口に入っていく。 「おー、ありがとう」 「義理ですけどねv」 「開けていいかい?」 「どうぞどうぞ」 「おおー?! 手作り。……ち、名前は入ってないのか」 「当然です。名前入りはひとつしか配ってませんから」 「なんだと、そいつ許せんな」 「うふふ」 手に持ったチョコの裏側に何か文字らしきものが見えた。 「S?」 なんだろうと、ハート型のチョコレートを裏返す。 するとアルファベットが何文字か刻んであった。 左から順に手でなぞっていく。 それは。 彼女の名前だった。 |