わたしは日曜日が楽しみだ。
 毎週日曜日は礼拝の日って決まっていて、教会へ行かなくてはならない。
 日曜日は神さまに祈りを捧げる大切な日。
 休みの日なのに早起きしなきゃならなくて、最初はすっごい嫌だった。
 でも、今は早く日曜日にならないかなって思う。
 だって教会にはあの人がいるから。
 とても笑顔が素敵などんぐりまなこに黒髪の神父さま。
 神父さまが笑うと心がぽっとあったかくなるの。
 世界が違って見えるの。
 この世の全てが優しい光に包まれているような、そんな感覚。
 神父さまはきっと光の精霊か何かに違いない。
 神さまが地上に遣わされた天使さまなんだって思う。
 にこり。
 今日も神父さまの笑顔は素敵。
 でも、わたしは気付いてしまったの。
 その笑顔につ、と影が差しているのを。





a smile for somebody or not anybody.


 その日はたまたま教会に忘れ物をしてしまって、一人帰り道を逆走したのを覚えてる。
 扉は開けっ放しだったけど、礼拝時間が過ぎた教会は人気がなくてひっそりとしていた。
 天井いっぱいに広がるステンドグラス、聖者さまが磔にされている十字架、パイプオルガン。
 小さな町の教会にしては割りと立派な造りをしている。
 自分が座っていた席に戻ってみたけれど、目的の物はなくて、席を間違えたかなって思って他の列も探してみたけどやっぱりなくて、もう一度自分のポケットを探ってみたけどなくて…、どうしようかって困ってたときにそれは聞こえてきた。
 人が言い争う声が、奥から聞こえてきた。
 止せばいいのに、わたしは気になって奥へ続く扉をそっと開いた。
 神父さまが男の人に壁に押し付けられて怒鳴られている。
 男の人の声はとても大きいし、すんごく怒ってるっていうのが分かって、わたしは恐くなった。
 神父さまは俯いて何も言わずじっと男の人の言葉に耐えているようだった。
 きゅっと締まった唇がなんだか痛々しくて、思わず足が出かかったんだけど、次の神父さまの行動でそれもできなくなってしまった。
 神父さまが背伸びをして男の人と自身の目線を合わせる。意志の篭った強い目だって思う。その目が伏せられ、唇が突き出されるのをわたしは見てしまった。
見てはいけないものを見たような気がしてわたしはそこから早足で、でも音を立てないように、逃げた。
 心臓がどきどきと煩い。酷い耳鳴りがする。
 目を閉じれば先ほどの光景がちらついた。
 行方がわからなくなってしまった物よりそのことの方がが頭を占めてしまっている。
 どこか神聖ささえ感じさせる口付けだった。
 窓から差し込む日差しが二人に濃い影を落としていて、眩しく照らされた室内でそこだけがまるで切り取られたかのように異質だった。

 次の日曜日、神父さまは変わらず夢のような笑顔を向けてくれた。
 次の日曜日もその次の日曜日も…。
 でも、なんだか段々その笑顔に無理が見えるようになったと思う。
 きっと他の人は気付いてない。
 わたしだけが分かるの。
 もう神父さまの笑顔は天使さまの笑顔じゃなくなってるのを。
 わたしだけが分かるの。



 秋の気配が訪れる頃、また忘れ物をしてしまった。
 忘れてしまったのは前失くしたものと同じ物で、なんで同じ物を忘れるかなってちょっと思った。
 一人帰り道を逆走して、教会に戻る。
 教会は人気がなくてひっそりとしていた。
 さすがに涼しくなってきたせいか扉は閉められていたけれど、この間の記憶とダブってわけもわからずどきっとする。
 両開きの扉の片方を静かに開けると鉄の錆びたような匂いが鼻をついた。
 いつも神父さまが聖書を読む壇の前に人影がある。座っているのか人影は椅子に遮られていたけれど。
 ちょうど逆光で陰になっていてあまりよくわからなかったけどさらさらな黒髪が見えた。
「神父さま?」
 ちょっと足を進めると見慣れた法衣が赤黒く染まっているが分かって、はっと息を飲んだ。
「どうしたんですか?怪我でも…」
 奥へ歩み寄ると、神父さまの胸下も見えてきた。
 膝に誰か仰向けで倒れている。それがこの間の男の人だというのはすぐに分かった。
「大丈夫です。この血はぼくのではありませんから」
 顔を上げないまま、そう答えが返ってきた。
 明朗快活な声がなんだか少し悲しそうに掠れている。
「その人どうしたんですか。人を呼んだ方がいいんじゃ」
「無駄ですよ。彼は逝ってしまいましたから」
「逝ったって…」
 それは死んだということなのに、神父さまは冷静そうだった。
「神父さま、わたし見ちゃったんです。その人と神父さまがキスしてるのをっ」
 わたしの言葉に反応してゆっくりと顔を上げる。悲しいくらいの笑顔がそこにあった。
「ああ、あなたは…。あなたでしたか。見ていたんですね」
「ごめんなさい」
「いいえ。手帳を忘れたでしょう。探しに戻って来るのはわかってました」
「え、わたしの手帳、ご存知なのですか」
「これでしょう」
 神父さまは手についた血を法衣に拭って、懐から赤い表紙のシステム手帳を取り出してわたしに差し出して来
た。
 ビニール袋に包まれたそれは確かにわたしのだった。
「ずっとお返しできなくてすみません」
 ふるふる、とわたしは頭を振った。
 久しぶりに手にした手帳は温かかった。袋から取り出してページを繰る。ソレがちゃんとあることを確認してほっと息を吐いた。
「素敵な写真ですね」
 なんでわたしが見ているものが分かったのだろう。どきっとして神父さまの方を見ると、優しい笑顔とぶつかった。
「ぼくたちも昔は、あなたたちのように笑いあえてたことがあったんです。未来なんて想像することもできなくて、今がずっと続くんだって、そう思ってました」
 懐かしそうにそう話す神父さまはずっと遠くを見ているようだった。
「どこでボタンを掛け間違えたんでしょうね」
 答えの返ってこない問いかけだった。
「苦しかったんです、彼は。ぼくのことが好きで好きすぎて好きすぎて。とても苦しかったんです。
 息もできないほど、周りが見えなくなるほど…」
 膝上の男の人に微笑みが向けられる。痛々しいくらいの微笑み。
「ぼくを愛してくれたんです」
 涙が零れる。泣けない神父さまの代わりにわたしが泣いてる。
「ぼくは幸せでした。でも、今はとても苦しいんです。彼がいないのならぼくは生きていくことは出来ません。 彼がぼくの全てだったのですから」
「神父さま…っ」
「ねえ、あなたは、間違えてはいけませんよ。ぼくたちと同じ結末を辿ってはいけません」
 いいですね、と念を押されてわたしは頷いた。
「お幸せに」
 最期に天使の笑顔を見せて、神父さまは何か液体をあおった。
 かすかに独特なアーモンド臭が漂ってきた。


 わたしは写真を見た。
 わたしともう一人、大切な友達が映っていた。
 二人がこれ以上ないくらいの笑顔でピースをしている、どこにでもあるような写真。
 ぎゅっと手帳ごと胸に抱いた。
「神父さま。わたしは・・・」
 十字を切る。
 神さまなんていない。
 それは分かりきっていること。
 だから、わたしは神さまは信じない。
 わたしは彼女を信じよう。

 そして、未来をつかむの。




 RWCのポスターで背後に地球(?)を背負ったキャラクターたちが描かれ、その中央に男プリたんが描かれているものがあります。
 そのプリたんの微笑みに激萌えして、書いてみた文がコレです。
 ROの世界から離れた現代風の世界観で書いてますが、どっちにもとれるようにしてみました。